イタリア徒然 

3年ぶりに日本を出てイタリアのアルバ音楽祭に来ています。久しぶりの海外、荷物の詰め方も忘れるぐらいで家を出る時は大荷物を抱えての移動に少し気が重くなっていましたが、こちらに到着したとたんにそんな思いは消え去り、3年間たたんでいた羽を伸ばしまくっています。今までもそうでしたが日本を離れた途端に頭の上の重しがとれた気持ちになるのは何故?日常生活の雑用や仕事からの解放も理由には違いないけれどそのほかにも何かあるはず。だって日本で家を離れても同じ気持ちにはならないし、とずっと思っていましたが数ヶ月前にあるレポートを書くために社会人類学者、中根千枝さんの「タテ社会の人間関係」を読み少し理解できました。中根さんによると日本は「個人の属性」ではなく「場」を優先するタテ社会。「場」で大事なのは誰が一番早くその場所に来たのか(年功序列)であり「場」の調和を乱すものは排除され(出る杭は打たれる)、1番の厳しい制裁は「仲間はずれ」にすることである。なるほどなあ、と思いました。よく聞く「うちの会社」「よその会社」という言い方も「場」を優先する日本社会の特性、概念がよく表れているそうですが(詳しくは「縦社会の人間関係」をお読みくださいね)、そういえば日本のオーケストラプレイヤーの方は「うちのオケ」ってよく言ってるわね、と妙に納得。つまり日本は「個人の属性」より「場」(自分の属する社会集団)を優先する社会で、この社会規範意識はいかなる時代においても日本社会の底に強く存在しているということらしい。内心は時々「面倒だなぁ」と思うSNSを完全にやめられない理由の一つもそれかしら?(仲間外れにならないためにはいつも仲間と情報を共有していることが必要とされる、と中根さんも言っていたはず)

日本は海外に比べるとまだ安全で、四季も豊かで人情も細やか(温泉と日本酒も最高!)なので日本に生まれただけで幸運だと思う一方、日本に暮らすにはそれなりの気苦労もつきもの。時には「場」を離れたい。だから日本を出た瞬間に心が解放されるんですね。

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